どうも。50代、免許なし、バイクなし。
でも気持ちだけはフルスロットルのおっさんです。
今日のテーマは「家族にバイクの話をするとき」。
いやあ、これが一番の難関なんだよね。実は「免許取りたいな」とか「バイク欲しいな」とか、口に出すたびに空気がスッと冷える。そんな経験ありません?
俺の場合、その冷えを誤魔化すために、結局「まあ冗談だけどさ〜」みたいに笑ってごまかすことになる。心の中は本気なのに。
バイクの話を切り出す難しさ
例えば夕食のとき。
ご飯を食べながら何気なく切り出すんですよ。
俺:「なあ、最近ちょっとさ…バイク乗りたいなと思ってて」
家族:「……は?」
この「は?」の一文字で、こっちはもう心が折れそうになる。
その瞬間にあわてて、
俺:「あ、いやいや、別に本気ってわけじゃないけどさ〜(苦笑)」
って逃げる。これが俺のテンプレ。
言った瞬間に「危ないでしょ」とか「今さら何言ってんの」とか、そういう正論が返ってくるのは目に見えてるから。
笑ってごまかす=安全運転
結局、家族にバイクの話をするときって、「笑い」がシートベルト代わりになるんだよね。
真顔で「俺は絶対ハーレーに乗る」なんて言ったら、場の空気が大事故を起こす。
だからこっちはわざと軽く、冗談っぽく言う。
「いや〜ハーレーってかっこいいよな、まあ乗らないけど(笑)」って。
本当は「乗らないけど」じゃなくて「乗りたい」のに。
でもあえて“笑い逃げ”することで、とりあえず家庭内の平和は守れる。これはこれで一種の「安全運転」だと思う。
バレてるんだけどね
ただ、たぶん家族も気づいてる。
「本当はこの人、乗りたいんだろうな」って。
だって、夜中にスマホでハーレーのカタログを延々と眺めてたり、教習所の料金表をプリントアウトして机に置いてたり。バレないわけがない。
なのに本人は「いや〜ちょっと見てるだけだから(笑)」ってまた笑ってごまかす。
自分でもその姿にちょっと苦笑いする。大の大人が「欲しい」って素直に言えないなんて、なんか青春を逆走してる気分だ。
家族に言えない「本気」
本当は家族にだって言いたいんだよ。
「俺は本気で免許取る気だし、何年かかっても大型アメリカンに乗る」って。
でも口にすると空気が固まるから、つい軽く流してしまう。
「いや〜大型バイクってロマンあるよな(笑)」って。
笑ってるけど心の中じゃ「いや、本当に欲しいんだよ!」って叫んでる。
このギャップ、地味にしんどいけど、同時にちょっと面白い。
自分で自分を「なんでここまで隠してんだろう」って笑っちゃうんだよな。
もしも本気を出したら…
たまに妄想するんだよ。
もし俺が本気の顔して「免許取る。絶対取る」って宣言したら、家族はどんな反応するだろう?
- 「いいじゃん、やってみなよ」って言ってくれるのか
- 「やめとけ危ない」って止められるのか
- それとも無言でため息つかれるのか
考えれば考えるほど怖くなって、結局「まあ冗談だけどさ〜(笑)」で逃げる自分がいる。
なんか、まだプロポーズ前にモジモジしてる大学生みたいで笑える。
家族の前とネットの前で別人
不思議なのは、家族の前ではこんなに笑ってごまかしてるくせに、ネットの前だと正直になれるってこと。
こうしてブログに「俺、バイク欲しいんだよ!」って書けるし、SNSでも「ハーレーかインディアンか迷う」なんて投稿できる。
家族にはごまかしてるのに、知らない人には正直に吐き出してる。逆じゃない?って思うけど、まあ人間ってそういうもんかもしれない。
結局、笑って誤魔化すのも「愛」
最近思うのは、家族に笑って誤魔化すのって、ある意味では「家族への愛」なんじゃないかってこと。
本気で言ったらケンカになるかもしれない。心配をかけるかもしれない。だからあえて冗談にして場を和ませる。
俺の「バイク愛」と「家族愛」のせめぎ合いの結果が、この「笑ってごまかす」ってやつなのかもしれない。
まとめ:笑ってても気持ちは本物
結局のところ、俺は家族にバイクの話をするとき、どうしても笑って誤魔化してしまう。
でもその笑いは「本気じゃない」ってことじゃなくて、「本気すぎるのを隠してる」ってことなんだよな。
だから、いつか本当に免許を取って、堂々とバイクのキーを手にしたときは、笑わずに言いたい。
「やっと言えたよ。本気だったんだ」って。
そのとき家族がどんな顔をするかはまだ分からないけど──。
まあ、きっとまた苦笑いされるんだろうな。
でもそれでいい。
俺も笑いながらキーを差し込むから。


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