今さら感を背負いながらもバイクの話をしている自分に苦笑い

大人の言い訳
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どうも。今日もまた、50代のおっさんが「バイクいいよなあ」なんて呟きながらキーボードを叩いているわけだが、書いてる本人が一番「おいおい、今さら何言ってんだよ」と思っている。
だってさ、普通こういうのって20代の若者が「いつかはハーレー」とか夢見て語るやつでしょ。俺みたいに白髪がチラつき、血圧の薬を飲み始めた世代がやる話じゃない。

でも、やっちゃってるんだよな。
そして自分で自分に苦笑いしてる。


まさか「バイク熱」が再発するとは

正直、バイクのことなんて一度は頭から消えてたんだよ。
若い頃にちょっと憧れてはみたけど、金もないし時間もないし、親に「危ないからやめろ」って言われて終了。そのまま就職して結婚して子育てして──ってやってたら、気づけば数十年経ってた。

普通ならそのまま一生「やらなかったこと」として終わるはず。
なのに、50過ぎてから急に「やっぱりバイク乗りたいな」って火がつく。これ、正直ちょっと怖い。だって体力的にも経済的にも“ちょうどよくない”タイミングで熱が上がってるんだから。


「今さら」が頭に貼りついて離れない

バイク動画を見ながら「カッコいいなあ」とつぶやくたびに、頭の中に出てくるのは「今さら」の二文字。

  • 今さら免許取るのか?
  • 今さら教習所に通うのか?
  • 今さら革ジャン着るのか?

…って自分で自分に突っ込みたくなる。
その「今さら感」がもう服みたいに身体にまとわりついてて、何を考えても外れない。

でもなぜか、苦笑しながらも検索だけはやめないんだよな。「大型二輪免許 費用」「50代 教習所 体力」なんて調べてる時点で、すでに俺の心はだいぶバイク寄りになってるのがバレバレ。


家族に言えない「今さら」

問題は家族だ。
もし夕飯の食卓で「ちょっとさ、バイクに乗りたいんだよね」と切り出したら、だいたいこんな会話になるはず。

俺:「バイク免許、取ろうかなって」
家族:「……今さら?」

はい、終了。
いや、間違ってないんだよ。「今さら」って返されるのは正論すぎて何も言い返せない。俺自身が一番思ってるから。

だから今のところは、夜中にこっそりスマホでヘルメットのレビュー動画を見たり、カタログを眺めたりしてる。家族が寝静まったあとにやるこの行為、なんか悪いことしてるみたいで余計に笑えてくる。


でも「今さら」だから面白いのかも

考えてみたら、「今さら」ってそんなに悪いもんでもない気がする。
若い頃にやってたら当たり前すぎて飽きてただろうけど、50過ぎてからやると逆にレア感があるというか、「いやいや、おっさんなのにまだ新しい扉開けるのかよ」っていう自分ツッコミ込みで楽しめる。

人間って「予定調和」を崩す瞬間にちょっとワクワクするじゃん?
50代のおっさんが急にバイクに目覚めるのって、まさにその典型。家族に「え?今さら?」って笑われるぐらいがちょうどいいのかもしれない。


苦笑いしながらも妄想は止まらない

教習所に通う自分を想像する。
ゼッケンつけて若い兄ちゃん姉ちゃんに混ざって「一本橋」でフラフラしてるおっさん。転んだら「大丈夫ですか?」って心配される。…いや、想像しただけでちょっと恥ずかしい。

でもその恥ずかしさも含めて、なんかニヤけてしまうんだよな。
「今さら感」と「苦笑い」と「ワクワク」が全部ミックスされて、夜中に布団の中でゴロゴロしながら眠れなくなる。これ、若い頃の恋とあんまり変わらないんじゃないか?


「今さら」は第二の青春?

俺は最近こう思うようになった。
「今さら」って実は「第二の青春」ってことなんじゃないかって。
だって若い頃と違って、体力も金も家庭の事情もある程度制約がある。だからこそ余計に「やってやろうかな」って決意が必要だし、うまくいけば達成感も倍増する。

そう考えると、「今さら感を背負ってる自分に苦笑いしてる今」が、案外一番青春っぽいのかもしれない。


まとめ:今さらだからこそ、面白い

バイクの話をしてると、どうしても「今さら」という言葉がつきまとう。
確かに俺は若くないし、体力も衰えてるし、周りから見れば「やるの遅すぎだろ」って思われるかもしれない。

でも、自分で「今さらだよなあ」って苦笑いしながらも、その先に進みたいって思えるのは、逆にちょっと誇らしい。
だって、まだ笑えるだけの余裕があるし、まだ心が動いてる証拠だから。

──というわけで、今日も俺は「今さら感」を全身にまといながら、こっそりバイクの動画を再生している。
そして画面に映るハーレーのエンジン音に合わせて、また苦笑い。

「今さらだけど、やっぱりカッコいいな」って。

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