失敗する未来より、何もしない未来のほうが怖いって話

大人の言い訳
DanielによるPixabayからの画像
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どうも。免許も金もないけど、バイクのことばかり考えてる50代のおっさんです。
最近ようやく気づいたんですよね。俺が本当に怖いのは「失敗する未来」じゃなくて、「何もしない未来」なんだって。


「やらない言い訳」だけは山ほどある

いやあ、正直、言い訳ならプロ級に出てくるんですよ。
「今さら免許取るのもなあ」
「事故ったら怖いし」
「家族に怒られるだろうな」
「そもそも金ないし」

こんなふうに「やらない理由」ばかり並べ立てて、気づけばYouTubeでマフラー音の動画を夜中に漁ってる。
結局、行動はゼロ。でも言い訳の在庫だけは無限。


失敗する未来を勝手に想像して勝手に落ち込む

俺はバイクに乗ったことすらないくせに、失敗のイメージだけはやたら鮮明なんです。

  • 教習所で一本橋から落ちて、若い子にクスクス笑われる未来
  • ハーレーを買ったはいいけど、取り回しできずに倒して泣く未来
  • 家族に「ほら見たことか」と冷たく言われる未来

こういう妄想が自動再生されるんですよね。
で、「やっぱやめといたほうがいいのかな…」って落ち込む。

でも冷静に考えてみるとさ。まだ免許どころか教習所の予約すらしてないのに、何をそんなに勝手に失敗してんだ俺。


何もしない未来の恐ろしさ

で、最近ふと思ったんです。
失敗する未来もたしかに怖いけど、もっと怖いのは「何もしない未来」なんじゃないかって。

想像してみてくださいよ。
このまま「まあそのうち」と言い続けて気づけば60歳。
「いや〜若い頃にやっときゃよかったな」ってビール片手に愚痴るだけの未来。

想像しただけで背筋が寒くなる。
なぜなら、そのとき俺はバイクの話をしても「笑い話」にしかできなくなるから。
「あのとき免許取っとけばよかったよなあ」って、笑いながら心の奥で泣いてる。
それって一番カッコ悪くないですか。


若い頃に諦めたことを思い出す

思えば若い頃も同じだったんですよ。
大学時代、「バイク乗りたい」って一瞬思ったけど、すぐに「お金ないし」「危ないし」でやめた。
社会人になってからも、「結婚したら無理だな」と諦めた。

そうやって「やらない理由」を並べて、結局何もせずに50代まで来ちゃった。
そして今、「やらなかった後悔」だけはしっかり残ってる。

だからもう一度繰り返すのはイヤなんです。


失敗も笑いに変えられるかもしれない

それにさ、失敗したって、意外と笑えるんじゃないかって思うんですよ。

  • 教習所で転んだ → 「50代のおっさん、コケる」の絵面はそれはそれで面白い
  • ハーレー倒した → 高い授業料払ったけどネタになる
  • 家族にバレた → ブログのネタが増える

つまり、失敗って「笑い話」にも「経験」にもなるんです。
でも「何もしない」のは、笑い話にすらできない。そこにはただ空っぽの時間が残るだけ。


家族の顔色と自分の本音

もちろん現実問題、家族の顔色は気になる。
「危ないでしょ」「お金どうするの」って正論を投げられる未来は目に見えてる。

でもなあ。
それを怖がって何もしなかったら、俺の人生って「正論に従ってただけ」で終わっちゃう気がするんです。
それって、自由じゃない。

50代にもなって「自由が足りない」とか言ってるのもどうかと思うけど、でもやっぱり自分の機嫌くらい自分で取りたいんだよな。
で、その方法が「バイク」なんだよな。


何もしない未来が一番の失敗

だから今はこう思ってます。
失敗する未来なんて、どうせ笑いにできる。
でも「何もしなかった未来」は、一生笑えない。

だったら俺は笑えるほうを選びたい。
免許を取る挑戦をして、たとえコケても「まあやってよかったな」と笑える未来を。


まとめ:やらないより、やったほうがまだマシ

結局俺が言いたいのはこれです。

  • 失敗は怖い。でも「やらないこと」ほど怖いものはない
  • バイクは欲しい。免許も取りたい。
  • 家族の顔色は気になるけど、後悔のほうがもっと嫌だ

だから、俺はこの「笑ってごまかしてる状態」から、いつか一歩踏み出すつもりです。
免許の申し込み用紙を握りしめて、家族に「ちょっと行ってくるわ」って言える日を夢見てる。

そのときに「は?」って顔されるのも、まあいい。
だって「何もしない未来」よりは、ずっとマシだから。

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