こんにちは。バイクの免許もバイクもまだ持ってないくせに、なんとなくハーレーが気になって仕方ない50代男子です。
しかも最近では、インディアンってやつも良さそうだな…とか、知らないくせに思い始めてる始末。えぇ、気持ちだけは風を切ってます。現実は相変わらず家でコーヒー飲んでるだけなんですけど。
でね、今回は「教習所に通いたいけど、言い出せる空気じゃない」っていう、ちょっと家庭内の“あるある”について書いてみようかなと。
俺の場合も、そこそこ根が深いというか…まぁ、あるんですよ。大人の事情ってやつが。
言い出すタイミングがまったく見つからない
たとえばだけど、「あ〜バイクの免許取りたいな〜」なんてつぶやいたら、横から
「へぇ、で? 何のために?」って即ツッコミが入る。怖い。
いや、こっちは夢を語りたいだけなんだよ。叶うかどうかは別として。でもその夢に「何のために?」って問いかけられると、一気にこっちも我に返るというか、「そうだよな…」ってしょんぼりするわけです。
あと「事故るよ?」っていう“予防安全的カウンター”もあるあるですね。確かにそう。俺も事故りたくない。でも、まだエンジンすらかけてない俺にその予言はちょっと早くないか。
「教習所代、どこから出すの?」問題
正論って、人を沈黙させる力ありますよね。
俺がもし「バイクの免許取りたい」と宣言できたとしても、次に来るのはたぶん「で、お金は?」というリアリティ。あぁ、耳が痛い。
調べたところ、普通自動二輪でだいたい10万円台後半〜20万円くらい。大型二輪になると20万円オーバー。
それにヘルメットとかグローブ、プロテクターみたいな“初期装備”を揃えると…はい、軽く30万円コースですね。
これ、免許取る前の話ね?
そしてうちはいま、「車検が重なって出費が痛い」とか、「冷蔵庫の調子があやしい」とか、「子どもの学費が〜」とか、そういう地味な“出費の予兆”がゴロゴロしてるタイミング。完全に嵐の前の静けさ。
「バイクの免許取りたい」って空気じゃ、ないよねぇ。
「老後のお金をちゃんと考えてる?」って目が怖い
うちは夫婦共働きで、まぁなんとか日々はやってるんだけど、それでも「これから先のこと」を考えたら無駄な出費は控えたい…っていう空気が常に漂ってる。
別に俺がバイクに乗ったからって明日破産するわけじゃない。でも、どうにも“贅沢”のカテゴリに入るっぽい。
それに50代ともなると、保険だの年金だの、目の前に「老後」がうっすら見えてきて、「そこ考えてる?」って目で見られる瞬間がある。あれ、ダメージでかい。
こっちは老後の楽しみのひとつとして、バイクを検討してるのに。
「いまさら?」って空気も、あるにはある
これも地味にキツい。
俺が20代で「バイクの免許取りたい!」って言ってたら、「あぁ、若いしね〜」で済んでたと思う。でも50代の今だと、なんか“こじらせ感”が出るんですよ。
「なんで今?」
「急にどうした?」
「第二の思春期?」
…正直、全部図星なんで言い返せない。
でもね、別に若いころからの夢ってわけでもないし、何かの節目に目覚めることってあるでしょ?
俺はたまたま、古いモンキーをもらって乗ってみたら「なんか楽しいじゃんコレ」って思った。そこから、「もしかして大型バイクもアリかも?」ってなって。
遅れてきた青春ってやつ? いや、遅れてきた“好奇心”って言ったほうが正しいかな。
でも、いつか言わなきゃ始まらない
ここまで愚痴っぽい話をしておいてアレだけど、やっぱりバイクに乗りたい気持ちは残ってる。
何年かかってもいい。時間かけて貯金して、教習所のこと調べて、装備も少しずつ揃えて…
いつか「言える空気」になる日を、静かに狙ってる。いまはその準備期間。
逆にこの“言い出せない時間”も、あとで振り返ったらきっと悪くない思い出になるんじゃないかな。
いや、そうでも思わないとやってられない(笑)
まとめ:いま言えない人、けっこういると思う
というわけで、今日は「バイクの免許取りたいけど家庭の空気が微妙すぎて言えない」っていう話でした。
もしあなたも同じような状況なら、俺だけじゃないんだって安心してください。たぶん、わりといると思います。
いないと寂しいから、いるってことにしといてください。
ではまた、次回の「免許もバイクも持ってないくせに語るシリーズ」でお会いしましょう。
あ〜、風になりたい。


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